Perfluorocycloparaphenylenes
Hiroki Shudo, Motonobu Kuwayama, Masafumi Shimasaki, Taishi Nishihara, Youhei Takeda, Nobuhiko Mitoma, Takuya Kuwabara, Akiko Yagi, Yasutomo Segawa* and Kenichiro Itami*
Nature Communications 2022, 13: 3713. DOI: 10.1038/s41467-022-31530-x
【研究背景】カーボンナノチューブは、ナノカーボンと呼ばれる炭素物質のひとつで、ナノメートルサイズの直径をもつ筒状の化合物です。カーボンナノチューブは軽量でありながら高い強度や優れた電気伝導性をもつことが知られており、注目を集めている次世代材料のひとつです。カーボンナノチューブは直径や側面構造によって、その材料特性が異なることが知られており、単一の構造のカーボンナノチューブを作り分けることが求められてきました。しかし、現在の製法ではさまざまな直径と長さのカーボンナノチューブが混合物として得られてしまうため、狙った構造を有するカーボンナノチューブを精密に作り分けることができず、さらに分離や精製方法も確立されていませんでした。望みのサイズのカーボンナノチューブを作る方法として、部分構造となるリング状分子「カーボンナノリング」を精密に合成しつなぎ合わせていく方法が考案されています。このようなナノカーボン部分構造を精密に合成する手法は近年「分子ナノカーボン科学」と呼ばれ精力的に研究が行われています。カーボンナノリングの中で最もシンプルな分子は、ベンゼン環がパラ位で繋がったシクロパラフェニレン(CPP)です。CPPは2008年に初めて合成が達成され、本研究グループでも2009年に直径のサイズ選択的な合成を達成しています。カーボンナノチューブの部分構造を有機合成化学の手法で精密に合成し、CPPのような鋳型分子をカーボンナノチューブへと伸長することができれば、単一のカーボンナノチューブが得られることが期待されます(図1)。鋳型分子を繋げて伸長させるためには分子の中に反応点が必要であり、近年ではCPPの水素原子をさまざまな原子に置き換える研究が精力的になされてきました。しかし、CPPの全ての水素原子を他の原子に置き換えて合成した例は無く、これは有効な合成方法が存在しなかったためです。近年、部分的にフッ素原子をもつCPPを合成する研究が報告されていますが、多段階の合成反応が必要であり、また全ての置換基をフッ素原子にすることはできませんでした。
図1:カーボンナノチューブ、シクロパラフェニレン(CPP)、ペルフルオロシクロパラフェニレン(PFCPP)の構造
【研究の内容】
本研究グループは、CPPにおける全ての水素原子がフッ素原子で置換されたカーボンナノリング「ペルフルオロシクロパラフェニレン(PFCPP)」の合成に初めて成功しました。本反応はこれまでのCPP合成に用いられていたパラジウム・白金・金などの貴金属を用いない新しい合成法であり、さらに市販の化合物から短工程で合成できるという点で非常に画期的です。本反応では大環状ニッケル錯体を経て、酸化剤を用いることで還元的脱離反応を促進し、2段階ワンポットでPFCPPを合成しました(図2)。配位子として、長鎖アルキル基を有するジノニルビピリジルが有効であるとの発見が本合成の重要な点であり、類似の配位子であるビピリジルやジ-t-ブチルビピリジルではPFCPPを得ることはできませんでした。今回の合成法ではサイズの異なる4種類のPFCPPが得られており、それぞれGPC(ゲル浸透クロマトグラフィー)を用いて分離・精製を行いました。さらに3種類のPFCPPについてはX線結晶構造解析で構造を決定しており、リングが筒状に積層した分子配列を取ることが分かりました。また、京都大学エネルギー理工学研究所 西原大志助教らによる時間分解発光測定、および岡崎共通研究施設 計算科学研究センターを用いた計算科学的解析によって、フッ素原子がPFCPPに大きな電子的影響を与えていることが分かりました。PFCPPはCPPとは異なって可視光を吸収せず紫外光のみを吸収し、また室温で蛍光は観測されませんでした。一方、–196°Cなどの低い温度領域では強いリン光発光を示すことが明らかになりました(図4)。
図2:PFCPPの合成 市販の化合物であるオクタフルオロビフェニルを原料に、ニッケルと塩基を用いた錯形成反応、続く酸化剤を用いた還元的脱離反応によって合成に成功した。PFCPPの[ ]内の数字は、含まれるベンゼン環の数。
図3:PF[10]CPPの分子構造。PF[10]CPPの単結晶を作成し、X線結晶構造解析によって分子構造と分子配列を明らかにした。
図4:(左)無色のPF[10]CPPのジクロロメタン溶液。紫外光を吸収し可視光は吸収しない。(右)液体窒素で冷やしたPF[10]CPPのエタノール溶液に紫外光(波長254 nm)を照射したのち照射をやめたあとの様子。鮮やかな青色のリン光が観測された。