Research

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分子をつなげて価値を生む合成化学

 

connect molecules, create value

 

世界を変える分子をめざして_

 分子には科学・技術のあり方を変え、ひいては社会をも変容させる力があります。ペニシリン、タミフル、ナノカーボン、緑色蛍光タンパク質GFP、不斉配位子BINAPなど、画期的な機能分子(トランスフォーマティブ分子)が世界を変えた例は数多くあります。我々の夢は、合成化学の力を結集させてトランスフォーマティブ分子を世に送り出すことです。この究極のゴールを念頭に、触媒が拓く新合成化学を基軸としたものづくり研究を行なっています。

 新概念触媒による芳香環連結分子の革新的な合成手法(特にC-Hカップリング)を開発するのみならず、数々の医農薬分子、生物活性分子、光電子機能性材料、ナノカーボン分子の創製に成功し、芳香環連結分子の合成化学と応用研究に大きなブレークスルーをもたらしました。私たちが開発した新触媒や新反応は、クロスカップリング(2010年ノーベル賞)に取って代わる分子連結法として、世界中の化学・製薬企業の研究開発現場で用いられています。また、究極の芳香環連結分子といえるカーボンナノチューブの最短部分構造(カーボンナノリング)の精密合成やこれをテンプレートに用いたカーボンナノチューブの直径制御ボトムアップ合成に世界で初めて成功しました。また、C-Hカップリングを駆使したエッジ構造・幅・長さを制御した新しいナノグラフェン合成法を確立するとともに、負の曲率をもつ3次元湾曲ナノカーボンを世界で初めて合成することにも成功し、ナノカーボン科学の新潮流をつくりました。

 

 伊丹研の研究の焦点は、科学・技術ひいては社会において需要度の高い有機分子群を最も理想的な方法で合成・提供することにあり、これを実現する新反応ならびに新触媒を開発することです。伊丹研が主に標的としている芳香環連結分子は、医農薬、バイオイメージング、有機エレクトロニクス、次世代炭素材料など社会にインパクトを及ぼす分子群です。このように芳香環連結分子が多方面で求められている物質群であることも相まって、私たちが開発した触媒や反応は幅広い分野に大きな波及効果をもたらしました。現在、伊丹研の反応や触媒は多くの化学・製薬企業が日常的に活用しており、研究開発段階のみならず工業プロセス化に至るような適用例もあります。私たちが開発した触媒や反応剤の多くが市販化されていることも、この流れを加速している要因でしょう。

 伊丹研は新しい機能性芳香環連結分子を数多く開発することにも成功し、合成方法論のみならず応用展開という観点からもこの分野の進展に大きく貢献しています。例えば、C-Hカップリングを駆使することで重要疾病に関与する酵素の選択的阻害剤を発見しています。また、C-Hカップリングを用いると有機エレクトロニクス材料に応用可能な光・電子特性をもつ芳香環連結分子を迅速に創製できることも示しました。私たちが開発した新奇な構造と優れた特性を併せもつ光電子機能性芳香環連結分子への注目度は極めて高く、企業からの共同研究依頼が殺到しています。

 伊丹研はナノカーボン科学に分子触媒化学のエッセンスを持ち込み、ナノカーボンの精密ボトムアップ合成という新しい分野を切り拓いたパイオニアとしても有名です。例えば、長年にわたり人々が夢見ていたカーボンナノリング(最短カーボンナノチューブ)の化学合成に成功するとともに、これを用いて次世代マテリアルとして今まさに求められている「構造的に純粋なカーボンナノチューブ」の精密合成を実現しました。開発された合成手法の単純さと、それゆえの応用の広さに加え、構造として極めて美しい分子を披露した伊丹研の研究は、化学者のみならず一般人をも魅了しました。今や世界が注目する大きな研究潮流となったカーボンナノリングの化学を拓いた功績は大きいと言えます。最近では、高度に湾曲したワープド・グラフェンという全く新しいナノカーボンの創製にも成功しています。

 また伊丹教授がリーダーとなり、名古屋大学の悲願であった世界トップレベル研究拠点(WPI)に採択され、トランスフォーマティブ生命分子研究所(ITbM)が発足しました。伊丹研が有する世界屈指の分子合成力を推進力とし、生命科学・技術を根底から変える革新的機能分子「トランスフォーマティブ生命分子」を生み出すことを命題とした極めて野心的なプロジェクトです。合成化学、触媒化学、理論化学、植物科学、動物科学、ライブイメージングの分野で世界をリードする研究者を集結させた画期的な異分野融合国際研究拠点です。

 伊丹研は多くの優れた人材を輩出しています。ここ数年だけでも、日本学術振興会育志賞2名(2011年 柳澤周一、2016年 武藤慶)、ロレアル-ユネスコ女性科学者日本奨励賞2名(2011年 植田桐加、2014年 八木亜樹子)、Reaxys PhD Prize 1名(2012年 Debashis Mandal:世界400名の応募者から3名のみ)の受賞者を送り出しています。

 伊丹研の最も大きな特徴のひとつは、学生が自立しており、また「よく学び、よく遊ぶ」スタイルを貫いていることです。学生が各方面で活躍している秘密は、研究室のモットーであるWork hard! Play harder!! Dream even more!!! を実践しているからです。

 そろそろ何かに熱中したい人、伊丹研で一緒に研究しませんか?

芳香環連結分子の精密迅速合成法の開発と応用

研究の背景と目的

_芳香族化合物がつながった芳香環連結分子は、その多彩な光・電子機能から有機エレクトロニクスや太陽電池など材料科学分野で主役となっているπマテリアルです。次世代炭素材料であるナノカーボン物質(カーボンナノチューブ、グラフェン、フラーレン)も芳香環のみで構成されているため、芳香環連結分子の一種と位置づけられます。さらに、芳香環連結分子は医農薬分野でも極めて重要な位置を占めています。医薬品の売り上げ上位100品のうち実に80品が芳香環を含むものであり、その多くは芳香環連結分子です。科学・技術に革新をもたらした分子も多く、芳香環連結分子は有機分子の機能発現における最も重要な基本構造のひとつです。機能の宝庫といっても過言ではありません。従って、直截性と柔軟性を兼備した芳香環連結分子の革新的合成法の確立は、合成方法論開発における大いなる挑戦であるとともに、膨大な機能ある次世代有機物質群の提案を可能にし、科学・産業に幅広い波及効果を及ぼします。

_私たちは、反応工程数と化学廃棄物を最小限にする最も理想的で直接的な方法で芳香環連結分子を合成する新反応・新触媒を開発するとともに、確立した手法を駆使して、材料科学、ナノカーボン、創薬、ケミカルバイオロジー分野に非線形のブレークスルーをもたらす新しい芳香環連結分子の創製を目指しています。

これまでの主な成果

C-Hカップリング法の開発

 パラジウム触媒を用いた有機金属化合物と有機ハロゲン化物のクロスカップリング反応(2010年ノーベル化学賞)が抱える「多段階プロセス」問題を一気に解決するC-Hカップリング法を開発しました。石油・石炭・天然から豊富に得られる芳香族化合物そのものの炭素-水素(C-H)結合を直接的に活性化し、芳香環連結分子をわずか1段階で合成することを可能にしました。我々が開発した独自のC-Hカップリング触媒(約20種類)は、現在世界中の化学・製薬企業の研究開発現場で用いられています。既に6つの触媒・配位子・反応剤が市販化されています。

シンセティック生命分子の創製

_ 独自のC-Hカップリングによって、数多くの医農薬や天然物などの薬理・生物活性芳香環連結分子の迅速合成に成功しています。ヒストン脱アセチル化酵素の選択的阻害剤など、重要疾病の鍵となるシンセティック生命分子の創製にも成功し、C-Hカップリングが創薬・ケミカルバイオロジー研究を加速させることを示しました。C-Hカップリングによる迅速分子変換を基盤に我々が合成した分子の数は1万近くにのぼり、これらの分子群はITbMにおいて動植物ケミカルバイオロジー研究の中核を担っています。これまでに、動物や植物のもつ生物時計を長周期化または短周期化する分子、植物の成長や分化を制御する分子、有害植物の発芽を抑制する分子など、生命科学研究のゲームチェンジャーとなる分子を生み出しました。これらの中には、製薬企業との共同研究に発展した分子や、すでに市販化に至った分子も含まれます。

πマテリアル分子の創製

_ C-Hカップリングを駆使して、新奇な構造と光・電子機能をもつ芳香環連結分子(πマテリアル)を創製しました。高発光性有機固体、ソルバトフルオロクロミック分子、基板パターニング分子などを開発し、革新的な触媒や反応の登場が新しい機能性分子の創製につながることを明確に示しました。特に、C-H結合の直接化学変換が、単純な反応開発の域を超えて広範な物質創製研究に大きなブレークスルーをもたらすことを実証したことは、多くの研究者のスタイルに多大な影響を与えました。

ナノカーボンのボトムアップ合成

 カーボンナノチューブやグラフェンなどのナノカーボンは芳香環のみで構成される「究極の芳香環連結分子」と言えます。我々は独自の合成戦略とC-Hカップリングなどの芳香環連結反応を駆使して、ナノカーボンの精密ボトムアップ合成法を確立しつつあります。例えば、カーボンナノチューブの最短部分構造(カーボンナノリング)の精密合成やこれをテンプレートに用いたカーボンナノチューブの直径制御ボトムアップ合成に世界で初めて成功し、ナノカーボン合成化学の新潮流をつくりました。カーボンナノリングの一部(シクロパラフェニレン)は市販化され、世界中の研究者が活用できる分子となりました。また、C-Hカップリングを駆使したエッジ構造・幅・長さを制御した新しいナノグラフェン合成法APEXを開発するとともに、新奇3次元湾曲ナノカーボン分子「ワープド・グラフェン」を創製することにも成功しました。

 2013年10月からはJSTのERATOプロジェクト(伊丹分子ナノカーボンプロジェクト)に採択され、合成化学、固体物理、分子集合体科学、有機エレクトロニクス、バイオイメージングが融合した研究がスタートしました。伊丹ERATOプロジェクトでは、未踏・新奇なナノカーボンを構造的に純粋な分子として設計・合成するとともに、それらを基盤として圧倒的に優れた機能性材料を創成し、それらの応用展開まで図ることにより、「分子ナノカーボン科学」という新分野の確立と、イノベーションの創出を目指しています。

独創性とインパクト

_私たちの研究のユニークさは、何をつくるか(需要度と注目度の高い芳香環連結分子:医薬、生物活性天然物、光電子機能性物質、カーボンナノチューブ、ナノグラフェン)と如何につくるか(新合成戦略・新反応・新触媒で拓く次世代合成化学)という、ものづくり研究を特徴づける2つの視点をいずれも高いレベルに設定し、なおかつこれらが密接に相互連動する研究スタイルをとっているという点にあります。C-H結合の直接変換、医薬・天然物の効率的合成、ナノカーボン物質の創製は、いずれも化学における重要課題と認識されています。これら全てを統合的合成化学研究という枠組みで実践しているグループは世界を見渡してもほとんどなく、極めてユニークなスタイルといえます。また、私たちがこのような研究スタイルのもとに開発した新合成手法や新分子は各方面で新しいスタンダードになりつつあります。例えば、私たちの新触媒・新反応剤・新分子の多くが市販化され(10種類以上)、世界中の化学・製薬企業の研究開発現場で用いられています。既に工業生産が実現する段階に入った医薬品もあります。
私たちの研究成果が新聞・テレビ・ラジオ・雑誌で取り上げられた数は過去5年間で90以上あり、伊丹教授の基調・招待講演の数も過去5年間で120以上(半分は海外)あります。私たちの研究のインパクトや伊丹研への注目度を明白に示すものと言えます。

将来展望

_私たちの夢は、科学・技術を根底から変え、社会をも変容させる力をもつ革新的機能分子「トランスフォーマティブ分子」を世に送り出すことです。このためには、方法論の統合的共有と問題の多面的解決を可能にする分野横断型合成化学研究を実施する他ないと考えます。今後は、研究室内での統合的合成化学研究をさらに推進するとともに、WPIやERATOなどを舞台とした異分野融合国際共同研究をダイナミックに展開することで、物質科学の新パラダイム構築に合成化学者として貢献したいと考えています。さらにこれを推し進めた先にある究極のゴールは、食糧問題やエネルギー問題など人類が直面している重要課題を解決することです。分子にはその力があると信じています。

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